読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

上がって下がっての繰り返し

季節がめぐる

去年の今頃はまだ桜が満開だったような気がします。



昨日は母の一周忌と納骨を行いました。

ちょうど母がホスピスに入院していた1週間は、桜が満開になり散っていく時でした。死を迎える前には、窓からは素晴らしい桜吹雪を見ることができました。まだキリッと冷たい風が強く吹くたび、山と空が見えないくらいにピンクの花びらが舞っていきました。あんな桜吹雪はもう一生見れないと思います。写真も撮ったのですが、わたしには上手く撮れませんでした。この1週間はすこし冷んやりとした空気の中に春の暖かな光がさして、すごく穏やかな毎日でした。病室の中にいるのが辛くなったとき、桜の木の下にあるベンチに座って色とりどりに咲いた花をボーッと眺めていました。母も時々ベランダに出て父と話していたようでした。それでも死は急に訪れるものですね。数時間前までは笑っていたのに、目を開けられなくなり、話せなくなり、反射でしかない呼吸になり。命の終える瞬間はとても静かでした。炎が消えるよう、とよく言われますが、まさにそのものでした。死の瞬間を見ました。このことは幸せなことだったと思います。夕方ごろ、今日は家に帰って明日の朝また来ようと父と話していました。でも、何がきっかけだっかのか忘れてしまいましたが、やはり泊まろうという事になり、家でお風呂に入り、病院に戻りました。ちょうど戻ったころに母の容体が変わり始めました。帰っていた祖父母や母の妹を呼び、家族全員で見送ることが出来ました。本当に幸せなことでした。
それから母は家に帰りました。本当はすぐに葬儀なのですが、色んなスケジュールの関係で、母は3日間家にそのままの形でいることになりました。そのおかげと言いますか、たくさんの母の友人が家に訪れてくださり、母は別れを言うことが出来ました。母は自分が死ぬ前、父に3人の友人の連絡先を伝えていたそうです。自分の死が確実に必要な人に伝わるような人を選んでいました。それ以外にも葬儀の会場やお墓の場所も指定していたようです。田舎なので出来るだけ足の運びやすい場所を選んでいました。すべて希望通りにとは行きませんでしたが。(ごめんね。)このような死のための準備をしていた母に正直驚きました。振り返ると、ガンの発見から病院選び治療方法、ホスピスの予約もすべて自分でやっていたし、そして、ホスピスから家に帰るときに着るワンピースまで買っていました。わたしは何も感じていなかったし、リアルに思っていなかったんです。本当にノーテンキです。ポロポロと涙が出てくるなんて勝手です。
こうやってここに書き留めるかどうか悩みましたが、わたしはまたノーテンキにいつか忘れてしまうような気がして。残しておこうと思います。


利用しているだけじゃないのか。

広告を非表示にする